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2009年02月

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Theatrical speech


DSCN6869.jpg


先日、洗い物をしていたところ、おもてから鶯の鳴き声がして驚きました。
見ると、確かに鶯色の鶯が目の前の木にとまっているではありませんか。
写真を撮る前に飛んでいってしまいましたから、代わりに柵にとまる squirrel を貼っておきましょう。
それにしても、まだ2月も半ばというのに春一番も吹いてしまいましたし、なんといいましょうか。
そんな今日この頃、みなさまお元気でしょうか。


巷では鶴の一声に騒然とし始めましたね。
本当に、よくぞ言ってくれました。
発言をひととおり読んでみましたが、僕はそれほど痛烈または激烈、とは感じませんでした。
何といえば良いか。あえて一見厳しい言葉を使い、内部に蔓延する鬱屈した迷いを、何かしらひとつの方向にうながすような。要するに、些末な言葉にぐらついている場合ではないから結束したまえと、内外に向けて発せられた声明だったように思います。
まさに多くの人々の声を代弁するような言葉でありましたが、直後に内部の様々な勢力が活気づき、濁っていた空気がにわかに動き始めましたから、引退を表明したとはいえ、その影響力と演出の手腕は流石としか言いようがありません。


ところで、気になることがあります。
今期を最後に引退する意向を表明してはおりますが、氏は未だ現役の議員です。あいにく当日の出席状況を確認できませんでしたが、例のお二方を除いて欠席または退席されたという報道は見当たりませんでした。件の案件が可決された際、恐らく氏も他の方々同様に賛成票を投じられたと思われます。
あの場でいったん可決した以上、その後どのような審議をされようとも、3分の2条項をだすまでもなく、期限がくれば自動的に成立してしまいます。
しかも今回の案件では、反対勢力が提出した対案をわざわざ否決した上で可決されているのですから、次の場面で通過しないことは、考えるまでもなく明らかな状況でした。
いつもどおりに。

その上でかような発言をされているわけですけれど、はたして、これについてどのように考えれば良いでしょうか。


Too late、 と現役の閣僚はのきなみ憤りをあらわしています。
もっとも話です。
案件の是非は別としても、彼らの方がよほどスジが通っているように思えます。


なぜ今になって、声明を出されたのでしょう。
当時のニュースでも報道していましたが、一度民営化した後にそれを撤回する、ということが海外でもしばしば起こっていますし、最終的にどうするのであれ、そうした先例も考慮に入れながら、あり方を議論する事自体は悪いことではないと思います。
ただ最近、時局の焦点についてのニュースやマスコミの社説を読んでいると、先の失言と売却問題も相まって、「不満」や「不信感」の他、「民営化の是非を問う」という論調が見られるようになっていました。
失言について、というよりも、そのあたりが何か気になるところだったのでしょうか。


正直なところ、民営化したのが良かったかどうか。
好ましいとは思いませんでしたけれど、本当のところは良く分かりません。
ただ、そうすることで全て良くなるような語り口だった割には、同じ時期に社会福祉関連を随分減らしていましたし、このところ明らかになり始めた人件費の計上方法や「不用額」などのことをかんがみるに、先にやるべき事柄が多くあったのではなかろうか、とは思います。



それにしても、よくも言ってくれたものです。
海外へ旅立つ前日に。
本当に、よくも言ってくれました。



件の事案は氏の帰国まで最終的な採決を保留とするようですが、再可決の際、氏はどうされるつもりでしょう。
季節はずれの春一番も吹きましたし、来週なにかしら動きがあるかもしれません。
さて、どうなりますか。

随分と面白いことになってきました。




そんな感じ。





Restorative song


今日は暖かいですね。
みなさまお元気でしょうか。

ようやく部屋の片付けもめどがついて、どうにか進めています。
天気も良いので木工日和です。やることも山積み。


天気も良いのでこんな歌など。





よく知りませんが、Bud SpencerTerence Hill というイタリア俳優の主演映画かドラマの歌だそうです。
詳しくはリンク先を参照のほど。


歌っているのは同じくイタリア出身の Oliver Onions。なんかたまたま行き当たりましたが割といい感じ。なんだか元気が出ます。



コレとか歌詞が最高(笑。
なのですが、うまく貼れないので YouTube のページに直リンク。不思議。

Oliver Onions - Bulldozer
http://www.youtube.com/watch?v=4XLiNYUZ_yc


You can see a cloud of fists and dusts.
It's quite clear why his name is just Bulldozer.
拳と埃の土煙が見えるだろう?
あいつの名前はブルドーザー。ただそれだけさ。

とか、

Where's he coming from, no one knows and nobody would ask such a thing.
どこから来たかって? 誰も知らないし誰もそんなこと尋ねやしないよ。

だって(笑。
なんか良いですね。分かりやすくて。大好き。
色々考えなくていいので良く聞きます。CDが欲しいです。




Bud Spencer 関係でこんなのもありました。
割と有名かもしれませんが、なんか良いですね。





No no no, I can do that.
Yes I know, but I CAN.

だって(笑。


I see you next year. Remember, my name is Zulu.

Zulu というのは役名らしいです。
来年また会おうとか言ってます。なんでしょうか。
曲も妙にカッコいいので当時の評判を知りたいです。この曲の。



ああ、息抜きが過ぎた。続きをやろう。




そんな感じ。



Talk to oneself


DSCN8110.jpg


問題行動のあった選手を罷免にせず、解雇にしたそうですね。
なかなか良い金額の退職金までもらえる「権利」があるそうで。
なんでも、まだ若者で第二の人生を考えるとかわいそうだとか。
結構なお話。

未成年ならともかく、若いと言ってももう25歳。
現役入学の大学生が新卒で就職したとすれば、入社3年目に当たる歳。現場では後輩の指導にあたったり、早い人なら部下をもっていてもおかしくない位の年齢。早い人なら子供の1人もいるかもしれない。充分以上に分別を持っていて然るべき歳。そんな年齢。
協会の皆さんはお忘れかも分かりませんが、彼のやったことは日本の法律に触れる行為。法律上は明らかな犯罪。諸外国では所持するだけでも極刑に処せられる可能性のある、重大な犯罪。
過失ならともかく、自覚のあった犯罪者の第二の人生をかわいそうだからと心配するというのは、少々おかしな考えではありませんか。餞別に大金まで差し出して。
まじめに勤めても、法律を犯しても、結局同じだけ得られるのなら、本当にかわいそうなのは、まじめに頑張っている他の選手ではありませんか。
不条理な処分のために、「同業者だから」と、いわれの無い非難を浴びなければいけない彼らはかわいそうではないのですか。
第二の人生などと、そこまで言うなら、いっそ解雇もせずに更正するまで面倒をみて、そのままその世界で第二の人生とやらを送れるように、全力で後押ししてあげれば良いではありませんか。その方が、よほどスジが通っているではなかろうかと考えるのは、極論に過ぎるのでしょうか。

自治体が事業をやるために、予算の8割まで借金で行えるようにする法律を作っているそうです。もう通ったのかな?
タダでさえ、この数年で自治体の赤字総額が3倍の210兆円になったにもかかわらず、さらに借金を作り易くする制度を作ろうとかなんとか。
資本が2割しかない事業。子供でも分かるおかしな理屈。ではありませんか。

経済アナリストのネットラジオを聞いていたらこんな話がありました。
年金問題で5千万人分の特定が出来ていない。ところで年金は赤字といわれているけれど、ではその5千万人という、人口の半分近い人々から「徴収したはず」のお金は、今どこにいってどういう扱いをされているのか。
もっともな話なのですけれど、一体どこにいったんでしょう。
誰も答えようとしないし、誰も知らない。そして誰もたずねないそうです。

海賊対策のために戦艦を送るそうですが、何がどこまでできるのかまるで分からないそうです。例えば、目の前で他の国籍の船が襲われていたらどうするのか。他の国籍の船に、日本人が一人だけいたとしたら、そのときはどうするのか。
14年前の震災の時、近在の自衛隊は救助のために出動したくとも、指令が無いため出動できない状態で、ただテレビに映る真っ黒な煙をみつめるより仕方なかったといいます。
その時と同じ。





どうしてこんなに出鱈目なのかな、と思ったり。
でたらめなのはまあ良いとしても、どうしてこんなにこんな程度のことばかりなのかな、と思ったり。


多分ぼくらは幸せ。
ぼくらが考えている以上に、この国で生まれて生きられるということは幸せ。
こんな風になんとなく生きていけるから。
けれども、なんとなく生きてゆきたくても他に方法がなくて、その「方法」を選ぶしかない人たちがいて、そうしてそのままそれを飲み込んで生きている彼らに、こんな情けない有様をどうやって話せばいいんだろうか、とか思ってしまったり。
小さくてくだらなくてとるにたらないどうでもいいことばかりをいつまでもいつまでも議論しつづけるこの国を。

いつまでもこのままでいられないよね。と思ったり。

お人好しで優柔不断で争いごとやはっきりしたことは苦手だから神様なんかどうでもよくて実はお金にも無頓着でなんとなくやっていければそれでいい国。

だからこそできることがたくさんあるよね。と思ったり。



本当に、この国が好きで嫌い。

とか、思ったり。


なんていう、ただのおはなし :)





そんな感じ。




Pray for the blue sky in February / Nigatsu no aoi sora ni


Feb01in2008.jpg


イベントのために牧場のようなセットを作らなくてはいけなかったのですが、それができあがったということで皆で確認しました。
それは単なるセットというよりも、パフォーマンス的なものでもありまして、一部でかぶり物をつけたスタッフが何やら動いています。
そのかぶり物というのが、芝生というか牧草といいますか。ともかく、緑色の植物と花の模様がついていて、四つん這いになった数人のスタッフがセットに隠れ、背中だけ見えた状態でモコモコと動いているのです。
その様子が波打つような有機的な景色を作り出したものですから、皆でこれはなかなか良い仕上がりになりそうじゃないかとうなずき合いました。
ただ、全体的には真っ平らで立体的な高さがありませんでしたから、その点ちょっと迫力にかけて物足りないかなあ、と話していると、それを見越したかのように、中央のあたりの丘状の部分が緑色のままムクムクと盛り上がり始めました。
まるでコーヒーをいれる時に、注いだお湯を吸い込んだコーヒー豆がモコモコと団子状にふくらんでゆくように、どんどんそれが大きくなってゆきます。
その先端は尖り始め、何か棒状のものが四方に伸びたかと思うと、まるきりオランダの風車になってしまって、四方に伸びたその風車の柱がクルクルと回転し始めました。
ところが、それがまるで扇風機のようにものすごい勢いでブンブンと回るものですから、僕らはすっかり可笑しくなってしまって、「いやいや、速すぎる。速すぎるでしょう、これは。」と、腹を抱えてゲラゲラと大笑いしてしまったのでした。


そしてそのまま笑いながら目が覚めると、実際にゲラゲラと笑っていたからいたく驚いてしまいました。
ああ、驚いた。これはまったくの初体験。ドキドキします。
どれくらい笑っていたんだろう。そしてどのくらい大きかったろう。
桑原桑原。


そんな今日この頃。みなさまいかがお過ごしでしょう。
このところ、あまり明るくないお話ばかりで恐縮なのですが、今回もなかなか良い線を行っております。

今日は2月1日。以前に記したように、1年前は展示の真っ最中でありました。
それで、丁度1年前の今日というのが、僕らが飼っていた犬が亡くなった日なのです。
正しくは姉の犬で、実際昨年の今頃は姉の嫁ぎ先で暮らしていたのですけれど、事情があって数年前まで実家で預かっていたのでした。

彼は少々神経質で気が短いくせに、なかなかの臆病者でもありました。けれどもとても感情が豊かで、お人好しなせいか、およそ人見知りというものがなく、誰彼となく甘えてきて、甘えすぎて困るくらいのものでした。
一昨年の年末ぐらいにちょっとした病気にかかっていることが分かり、それから姉が色々と看病していたものの、もう随分な歳でもありましたから、残念ですがそのようなこととなりました。

とはいえ犬の話ですから、大騒ぎするのもどうかなと思わないでもありませんが、実のところ、この10年程、僕らの家族は彼に随分と助けられていたのでした。もしも彼がいなければ、なかなか大変だったなあと感じるところがあり、大いに感謝しているのです。
それに加えて、僕自信は彼に対して少々複雑な事情がありまして、少々複雑な気持ちがあったのでした。
はっはっは。


あの日その知らせを受けたのは、どれくらいの時間だったろう。
ともかく、母からメールをもらい、自動的に転送されたそのメールを携帯で読みました。それから姉の家に電話をかけたのでした。
その時、その知らせを、ああ、そうかと静かに受け入れたのを覚えています。
かなしくなかったわけではありません。
実を言うと、その前日は1日だけギャラリーの留守を他の方にお願いして、お休みをいただいていたのでした。そしてその日、姉の所を訪ねようかどうしようか迷っていたのですけれど、他に用事もあり、またその時はなかなかどうして、疲れも溜まっていたものですから、やはり行くのを諦めたのでした。
その翌日に知らせを受けたものですから、ああ、もしかしたら最後の機会を待っていてくれたのかなと、我ながら虫のよいことを考えていたものでした。

残念ではありました。けれども、後悔はしませんでした。
というのは、会期の初日後、僕はどうしても我慢できなくなり、また今しかないと感じ、すでに1度姉の家を訪ねていたのです。丁度その日は姉のご主人の弟さんもいらして、僕が着いた時は、食事の後、にぎやかにくつろいでいるところでした。姪2人がきゃあきゃあとはしゃぎ回っているにもかかわらず、彼はぐっすりと眠っていました。
何も知らない2人の姪は、彼の側に座って彼の頭をなでている僕に向かって、「寝ちゃってるのよ。Tね、寝ちゃってるの」とニコニコしながらそんなようなことを話しかけてきます。僕も「そうだねえ、寝ちゃってるねえ。もうおじいちゃんだからねえ」とそんなようなことを応えていました。
彼は変わらず眠っていて、微睡んでいるのか、ときおり薄目をあけて、気持ち良さそうにしています。
僕はその様子を見てすっかり安心して、こんなににぎやかな中でぐっすり眠っていられて、ああ良かったとそう思ったのでした。

僕はその日の姿が最後になると思っていましたから、母からの知らせを受けたときには、ある程度受け入れる用意ができていました。
だから、ああ、今度はきちんと別れができて良かったと、最後に幸せそうな中にいる姿を見る事ができて本当に良かったと、そう思ったのでした。


矢内原伊作の「ジャコメッティ」の中に、ジャコメッティが語ったこんな言葉があります。

親しい者の死、これに耐える道はない。苦しみぬいた末、ようやく私は次のように考えるようになった。ある人間が生きている、というのは私にとってどういうことか。私にとっては、その人間の顔が見え、声がきこえる、ということにほかならない。とすれば、たとい死んだ人間であっても、その顔が見え、その声がきこえている以上、私にとってはその人間は生きているのと少しも変わらない。そう考えて、辛うじて私は自分をなだめることができた。
(矢内原伊作著『ジャコメッティ』みすず書房刊 第6刷 173頁より)



丁度その日はあの日と同じような、抜けるように真っ青な青空で、本当に清々しいくらいでした。
うそのようにさっぱりとしていて、きらきらと輝く2月の青い空に、きっとそうに違いない、ああ本当に良かったと、ありがとうねと、そんな風に考えていたのでした。

ありがとうね。



そんな感じ。






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