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2009年05月

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I put my enviroment in order.


DSCN9217.jpg


不動産屋から更新手続きの終了を知らせる手紙が届いた。
だからというわけでもないけれど、持ち物の整理をはじめたらご覧の通り。
大変なことになってしまった。
奥の部屋はもう、それはひどいことになっている。

この部屋に住み始めて6年。
なんだかんだと身のまわりのものごとがふえた。
必要なもの。そうでないこと。残したいもの。残せなかったこと。

「大切なものがなくなったりこわれたら、それはきっと身代わりになってくれたんだよ」

今回はなんの身代わりだったろう。
こわしてしまった時も、その勘定に入るんだろうか。


今月半ばから、近所にある写真館に勤めはじめた。
仕事は人物写真の画像処理。ようするに遺影を作っている。
まだはじめたばかりだけれど、これはいい仕事だ。

休み時間に職場のまわりをぶらぶらしている。
ぶらぶらしながら、今まで気づかなかった町の様子をながめている。
もう少し根をおろして、しばらくこの町に暮らしてみよう。
ここはいい町だ。


ちらかった部屋はいくらか片付いたけれど、つづきは次の休日に持ち越しそうだ。
少しずつ整えよう。それでいい。


そんな感じ。



Think about myself.


戻ってからこの前の展示が終わるまで。
それと展示が終わってから、色々なことがあって、自分のことや展示を始めた理由を色々と考えたり、思い出したりしています。

なんてことを書くと、まるでもう辞めてしまうように見えますがあしからず。
つづける理由はあっても、辞める理由はないのです。

「考えるのが好きなんでしょ?」と、だれかに言われたけれど、さて、どうだろう。

考えずに描こうと願っているけれど、色々なことが頭に浮かぶ。
浮かんでは消えて、そのまま消えてくれれば良いけれど、指の動きにあわせるようにむくむくとまた浮ぶ。そうして浮かんではまた消えてゆく。そのくりかえし。
どうも鉛筆というのは、そういう画材のようです。
だから性にあっているのかもしれません。



そんな感じ。




DSCN9214.jpg





Strangely enough.



今日も長いぞ。

同じ丁目内に Gallery O2 という画廊がありまして。
普段は焼き物やバッグや衣服など、工芸っぽいものを多く展示してます。

で、今週はめずらしく平面をやっていたのでスーパーの帰りにのぞいてみると、なにやら英語が聞こえてきた。それもそのはず、展示をしていたのは中国系カナダ人の Eric Sze-Lang Chan さん。

ということで、久しぶりに英語を使って大変疲れました。
早口ではあったけれど、彼の英語は発音もしっかりしていて聞き取りやすく、作品の説明も大体分かった感じ。
大体分かった感じだけれど、トピックがトピックだけに最後の方は疲れてしまって頭がまわらない感じ。さらにこちらの方は言葉がうまく出てこなくてこまった。一段としゃべれなくなったなあ。英会話スクールに通いたい気分。


とまれ、オーナーさんを交えて話をしていると、なんでまたこんな人がこんなところでやっているのかと思うようなそんなような。

なんでも、今回の展示はネット経由で気象データと環境音をリアルタイムで取り込むプログラムを自ら組んで、そこからランダムに描き出されるパターンと色をプロジェクターで壁面に貼付けたキャンバスに投影し、そこに描き出されたイメージに触発された感情や感覚を絵の具でキャンバスに描き込むというアプローチ、だそうです。

というのも、人間の持つ感情や情動とテクノロジーという無機質で冷たい性質のものをキャンバス上で融合させる試みを通して、彼は中国系カナダ人ということもあり東洋と西洋の価値観が混在している自分自身を表現したい、とのこと。

ではなぜ天候データを選んだかと言えば、人の感情や心は毎日の状態や環境によって変化する。天候もまた同じようにその時々で変わってゆく。そうした変化する環境の象徴でもあり、それが自分の感情とリンクする、ようです。

多分大体こんな感じ。
ああ疲れた。めちゃくちゃコンセプチャルだ。


↓そんな彼のホームページがこちら。

eepmon
http://eepmon.com/flash.htm

カナダの大学で情報工学とマルチメディアアートを学んだそうで Flash 満載。
重いので注意。なんでこんな人がこんな街の片隅でやっとるのか良く分かりません。

話の流れで絵を描いているから見せようということになり、自分のサイトを見せると意外と喜んでいた。オーナーさんは気持ちが悪いと怖がっていた。
まあ、いつものことです。

今後も連絡を取り合おうということで、帰り際にアドレスのメモを渡す。
めろめろの英語で申し訳なかったから、今度軽く挨拶のメールでも送っておこう。


ちなみに23日と24日の夕方にギャラリートークとライブペインティングがあるそうです。
気になる方はご一報ください。いや知らんけど。



で、帰り道、曲がり角で人とぶつかりそうになった時、"Excuse me !(失礼!)" と言いそうになって笑った。
練習がてら欧米人の多い店でも探してみるか。知らんけど。


そんな感じ。


あまりに長過ぎるくだらない長話




ニューヨークでの食事はちょっと高い。
だから、ほとんどファストフードかデリ、チャイニーズばかり食べていた。

ニューヨークという土地柄か、ファストフードの店員はほとんどが移民系、つまり黒人かヒスパニックだ。
ある時マクドナルドで、金髪でソバカス顔の、いかにも典型的な白人の少女が接客しているのを見て、「珍しいな」と思った。
思ったとたん、目の前に白人の店員がいることに対して、こんな風に違和感を感じた自分にドキリとした。
ああ、これが「差別」なんだと、そう思った。



以前に書いた労働者のお祭り、レイバーデイでのこと。
そこに書いたように、僕が訪ねたブルックリンでのパレードは、カリブ諸島からの移民を中心としたもので、参加者も観客も9割9分が黒人だった。
ごくまれに数人の白人を見ることはあっても、アジア系は皆無だった。
僕をのぞいて。

写真を撮りながら、強烈な日射しと熱気につつまれた人ごみの中を歩いていると、20代くらいの黒人青年達がこちらを指差してニヤニヤしていた。どうやら僕のことらしい。
目が合ったとたん、ゲラゲラと笑いながら「お前は中国人か?こんなところで何やってるんだ?」と声をかけてきた。
その頃はまだまだ会話もおぼつかなかったから、僕は困ったような笑顔を作って、あまり良く分からないんだというように両手を広げながら、彼らの前を通り過ぎた。
何がおかしいのか、通り過ぎた後も彼らはまだ笑っていた。
それだけの話だけれど、もしもあれが夜だったなら少し様子が変わったろうかと、たまに思い出す時がある。



語学学校での授業中に、ある男子生徒が、町で友達になった黒人のことを話そうとして、「そのニガーの友達が」と言った。
その単語を聞いたとたん、別の生徒が叫んだ。
" Haaaa?!! EXCUSE ME ?!! What were you saying ?!! "(失礼ですが今なんておっしゃいましたかね ?!!! )
同時に、室内は生徒達の ” Noooooo !!! ” という声でいっぱいになった。

その男子生徒はヒップホップが大好きで、その友達と一緒にDJをやったりしながら夜のクラブで遊んでいるそうだ。およそ信じがたいけれど、どうも「ニガー」という差別語を、なにかクールなカッコいい表現だと勘違いしていたらしい。
だから、僕らの反応も「そんなことも知らないの?」という、呆れたような、冷やかしまじりのものだった。

けれど、担任のアメリカ人教師、Mの様子だけは少々違っていた。
彼も呆れたように笑顔を見せたものの、その笑顔は引きつっていて、少し青ざめていた。

「その単語を、絶対に街で使うな。絶対にだ。アメリカ生まれの俺でさえ、その言葉は使えない。絶対に街で使うんじゃない」

Mは筋骨たくましいアメリカ人で、栗色の髪で青い目の、絵に描いたような典型的なアングロサクソンだった。
ただ、彼のユーモアは少々毒が強く、汚いスラングやキツい冗談を生徒達に浴びせかけるのが常だった。もっとも、彼の口の悪さは生徒達を対等に扱おうという彼の熱意のあらわれだったから、またいつもの悪態が始まったとばかり、僕らはニヤニヤしていたのだけれど、静かに続く彼の言葉と真剣な表情に、全員が声を出せなくなってしまった。

「いいか、これはいつもの冗談じゃないぞ。俺は真剣だ。もしもお前の友達の前でその言葉を使ってみろ。間違いなくお前は殺されるぞ。これは真面目な話だ。もしも運良く殺されなかったとしてもだ、絶対にただではすまない。絶対に使うな。いいか、絶対にだ」

勘違いのために自分の生徒が事件に巻き込まれるということが、本当に恐ろしかったのだろう。いつも勝ち気で自信にあふれたMが、あんな表情をするのを見たのはその時だけだった。



半年の滞在中に僕が経験できたのはそれくらいだったろうか。
それくらいだったけれど、有色人種のバラク・オバマが大統領に選ばれたというのはどういうことか、この変化がどんな意味を持つのか、いつも考えていた。

変化を訴えるオバマはむずかしい言葉をほとんど使わない。
これほど当たり前のことを、当たり前の、普通の言葉で、しかも静かに語りかける指導者を、僕は見たことがない。
あまり正論ばかりをならべると、普通なら白々しくなる。
ところが、一人一人に語りかけるようなオバマの言葉と姿勢は、とても感動的だ。
多くの教師が彼の演説について、信じられないという様子でこう表現した。
「He's amazing……」、本当にすばらしい。驚異的だと。

投票日の勝利演説を、僕も見ていた。
あいにく、ボキャブラリの少ない僕にはまだむずかしかったものの、分からないながらも、オバマの熱意と意志は伝わってきた。決して熱くなり過ぎず、けれども冷静さの裏に潜む信念と情熱を感じさせる、すばらしい演説だったと思う。

印象的だったのは、喜びに沸きかえる会場の中で、人々の笑顔が満ちあふれたあの会場の中で、オバマただ一人が、ただの一度も笑わなかったことだ。微笑みすらしなかった。
彼の表情は、神経質ではなかったものの、緊張に引き締まっていた。
それはこれから自分が負わなくてはならない責任を、その本当の意味と覚悟を、彼だけがはっきりと感じているかのようだった。
それがどんな変化なのかということを。

誰もが知っていた。アメリカ人でさえあれば、有色人種も大統領になれると。
人々を指導する立場に立つ権利があると。
それはウソだった。オバマが大統領になるまでは。
例えば僕は、アメリカのトップ企業の中で、有色人種の、特に黒人の最高経営責任者をひとりも知らない。それが現実だった。

ところが、そのすべてを飛び越して、黒人であるオバマがアメリカという現在世界一の経済大国の最高指導者になった。
その変化が、どれほど意味を持つか。それがどういうことなのか。
そしてこの変化がアメリカだけでなく、他の国々、特に発展途上国の人々にどのような影響力をおよぼすのか。先進国首脳会議の中で、黒人のアメリカ大統領が立っているということが、どんな意味を持っているか。

そのことに、人々のダイナミックな選択に、アメリカという国の本当の凄みを感じている。


弁舌の巧みさから、言葉ばかりが目立ち実力を疑問視する声をよく聞く。
けれど、そうだろうか。

僕の寮の職員が、投票日にこう答えた。
" Which one did you vote ? (どっちに投票したの?)"
" Obama. Because McCain is too old.(オバマだよ。マケインは歳を食い過ぎているからな)"

就任後のオバマは次々と手を打っている。
景気対策やイラク撤退時期など、議会と折衝しながら妥協点を探り、譲歩しながらも、最終的な部分、「必ず実行する」という部分においては一歩も引かず、短い期間の間に少しでも早く行動することを最優先に対処している。
才覚はともかく、こんなハードで柔軟な対応を矢継ぎ早にこなしていくためには、若さと体力がなければ確かにむずかしいだろう。


こんなこともあった。
選挙直後の、ニューヨークでの最後の週末だったと思う。
早朝にランドリーで衣類を洗濯機に放り込み、洗い終わるのを待ちながら、近くのカフェで朝食を食べていた。
隣の席には年配の白人男性が二人、僕と同じくオムレツとトーストを食べながら話していた。
どうやら大統領選について話しているらしい。彼らはオバマに好意的でないようだった。
ネイティブの会話はうまく拾えないものの、これだけははっきり聞き取れた。

" McCain must have saved our money. (マケインは俺たちの金をまもってくれるはずだった)"

片方の男性がそう言い、もう一人も同意見のようだった。

彼らが危惧したように、オバマはGMの会長を退陣させ、AIGからボーナスを回収させた。
責任のあるものに責任を取らせる。責任を果たさせる。
当たり前のことだけれど、富裕層が極端に優遇された前政権のアメリカで、こんなことが実現できただろうか。信じられないくらいに真っ当だ。

あの働きぶりは見せかけではない。
オバマは間違いなく戦っている。
今何か手を打たなければ、本当に取り返しがつかなくなると、真剣に考えている。


アメリカの失業率はいよいよ悪化しているし、金融危機の影響が本当にきびしくなるのはまだまだこれからだと思う。
けれども、オバマは人々に語りかける。
謙虚さと忍耐と、お互いの違いを尊重し協力することを、そして自分の祖国をあきらめないことを。
その言葉は間違いなく、アメリカ人の心をとらえているはずだ。
オバマの言葉と行動が、人々の誇りと尊厳、そして希望を再び呼び起こしている。
そのはずだ。

青臭い話だ。
けれども本当は、誰もがそうあれば良いのにと、そう望んでいる話だ。
だれもが協調して共に歩む世界。
エコロジーを突き詰めれば、実はそれが最も合理的で経済的なのと同じように、青臭いけれども意外に合理的で現実的な話だ。
オバマの言葉と行動には、そんな青臭い話を、もしかしたら本当に実現できるかもしれないと信じたくなる力がある。そう思える。



アメリカの力はどんどん失われていて、国際的な地位から転落してゆくだろうと言われているけれど、そんなことはないと僕は思う。
アメリカはもう今までのアメリカではない。
一時は力を失うかもしれない。けれど、必ず新しい姿で再びよみがえる。
そう考えている。


展示中にある知り合いの方と、少しだけオバマについて話をした。
その方のご長男はアメリカで市民権を得て、税理士として働いている。
その方もやはり同じように感じてらっしゃるようだった。
帰国してから初めてこのことを共感できた。それがうれしかった。




僕は今度の選挙に投票できないと考えていた。
帰国して投票できるなどと夢にも思わなかった。
ましてや、未だに選挙が行われないなんてことを、今でも信じられない。

そして今日、小沢一郎が辞任した。とうとう辞任してしまった。
こんなばかな話があるだろうか。



僕は今までこの話題で個人の名前をださないようにしていた。
けれど、もううんざりだ。こんなばかげた話はない。
味方であるべき人々が力にならず、援護もせず、こんな風に追い込んで、いったいこの先どうするつもりなのか。
どういうつもりなのか。
本当に、まったくもって本当にどうかしているとしか思えない。




冒頭に述べたMが、オバマ当選の翌日の授業で、その夜の様子を話してくれた。

テレビの速報で当選が決まってから、すぐさま通りに飛び出した。
すると、町中の人が歓声を上げながら、同じように飛び出してきた。
人々は喜び、叫びながら、笑顔で肩を組み、抱きあっていた。
白人も黒人も、ヒスパニックもアジア人も、大人も、子供も、老人達までも、みんな一緒になって大喜びで、笑い合って抱き合う人々で通り一面埋め尽くされていたんだ。
そしてみんなで一晩中叫んだ、「オバマ!オバマ!」ってな。


そう話すMは、うれしそうに目を輝かせて、心から感動しているようだった。
そんなすてきな表情で話す彼のそんな一面を、僕らははじめて知った。
そしてそれがうれしかった。

その時、彼の友達から電話がかかってきたそうだ。
その友達の言葉をMはとてもうれしそうに話してくれた。

「聞いてくれ、俺は今日、生まれてはじめてアメリカを、この国を誇りに思えたんだ!」
俺の友達はそう話してくれたんだ。
お前ら本当に信じられるか? 黒人のアメリカ大統領だぞ?
俺も心から誇りに思うよ。




WBCで日本が優勝した。ワールドカップも予選突破が確実だろう。
再びノーベル賞も受賞したし、アートバブルは弾けたけれど、日本のアートもまだまだ勢いがあるようだ。
ここ数年、様々な分野で日本人の国際的な活躍が目立つようになってきた。
それはとてもすばらしいし、誇らしいことだと、僕もそう思う。
けれども、あえて言うけれども、僕らが本当に望んでいるのはそんなことじゃないだろう?
本当に望んでいるのは、もっと根本的な何かじゃなかろうか?


彼らの言葉と感動が、今はとてもうらやましい。
あの時以上に。

そんな風に感じられる時は、はるか先のことになりそうだ。
こんなばかげた話はない。


それはとても残念なことだけれど。





そんな感じ。





Classification


人は何かを見たり聞いたり、あるいは作り、見つけたとき、それがどういうものごとなのかを頭のなかで分類する。

分類するには何か呼び方が必要だから、まずは名前をつけたくなる。
名前をつければ呼びかけられるし、そういうモノだと「分かる」というか、「分けられる」から、そこで初めてほっとする。
分類できれば形や意味を決められるから、いくらか安心して受け入れられる。

けれど分類できないものごとは、「分けられない」から「分からない」ので得体が知れなくて。
得体が知れない以上は扱いに困ってしまうから、どうして良いか不安になる。

不安でいるのは居心地が悪いから、どうすれば「分けられる」のか、その方法を探し出す。
探しても見つからなければ仕方が無いから、ひとまずはなれて放っておくか、時には無かったことにする。
どうにも落ち着かなくて無かったことに出来ないときは、新しい区分けを作ってそこに納めて納得する。それが進歩かもしれないし。

僕らの歴史はそんな風にものごとを分類してきたけれど、それはつまるところ後付けで。
だから別に後付けでも、何も恥ずかしいことはないんじゃないかと、そう思っている。
そしてそういう分類づけは、できれば他人にまかせたくて仕方がなくなっている。


そんな感じ。



DSCN9128.jpg


To be naturally.


文章は文字だけれど言葉は音だから、
声に出してしっくりこないモノは、読んでいてもすっきりしないんです。
だから、 岸田繁 のうたうさりげなさが、とてもうらやましくなるんです。


そんな感じ。




















Oh-oh......





忌野清志郎 が亡くなったそうですね。
これを書いている現在、公式HPはアクセス過多でダウンしている模様。
異色と言われた人々のつづけざまの訃報ですから、なにかタチの悪い冗談かと思いました。
まったくもってすばらしくゴールデンなゴールデンウィークです。
ああ、もう。まったくもう。

どこのブログでも書かれてますが、僕が初めて見たのも生放送の歌番組で演奏していた「い・け・な・い ルージュマジック」で、画面に映る光景をポカンとしながら眺めていたのを覚えています。
ああ、あれが忌野清志郎だったのかと知ったのは随分後のことでした

リンクした YouTube のクリップはなんか笑っちゃう感じ。
ちなみにここに出てくる機関銃は世に言うところの グリースガン 。薬師丸ひろこも映画の中でぶっぱなしてうっとりしていた件の一品。当時大宮の映画館に観に行ったのを思い出します。
いやどうでもいいですね。
けれどそういう雰囲気の、そういう年代だったのを覚えています。


つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。
本当に。


そんな感じ。










Concrete.






Mogwai の "Punk Rock" という曲。
こちら に対応するテキストを見つけたので参考まで。


" Concrete ! (もっと具体的に話してくれないかね!) "

と、司会者が最後に詰問するけれど、それはどうなんだろう? と思った。



そんな感じ。



<補足>

リンク先の英文と映像を見ながら和訳した。
自前の翻訳だから権利関係も大丈夫だろう。多分。
YouTube から貼ってる時点でまずい気もするけれど。
まあいいや。
かなり意訳というか、都合良く解釈した感じのあやしい案配。


Mogwai - Punk Rock より

イギー・ポップ
パンク・ロックのことを話そうか。
パンク・ロックってのは評論家どもに使われてる言葉で………それで、あ~、若い奴らのエネルギーと身体や心、魂や時間や考え方を持ってる音楽、若者にそういうものやすべてを与えるような音楽さ。パンク・ロックって言葉は、そういう音楽に反論する心ない改竄者どもが使ってやがるんだよ。
で、それは……そう、それは軽蔑が込められた用語なんだよ。ファッションやスタイル、エリート主義や悪魔主義や、ロックンロールに関する腐りきったすべてに込められた言葉なのさ。
腐れのジョニー」のことは知らないよ。だけどはっきりしてるのは……はっきりしてるのは、あいつは、あいつがやってることの中に血と汗を込めてるってことさ。ジグムント・フロイトがやったのと同じようにね。
あんたは目にするのさ、あんた好みのくだらない古びた雑音でできたばかでかいブロードがどんな音なのかを。天才が作る最高の音楽が本当はどんなモノかをね。俺のように。
そしてその音楽は俺のコントロールなんかまったく効かないほどのすごい威力をもっていて、それで……俺がそんな音楽に心を奪われる時、俺は歓びも感じないし痛みも感じない。身体や感情さえも、お前ら俺の言ってることが分かってんのか ?! 今までそんな風に感じたことがあるのかよ ?!
お前らはただ、お前らはたださあ、お前らにはなにも分からないさ。求めたことすらないんだよ、お前らは。分かるか?
そういうことさ。


司会者
もう少し具体的に話してくれませんかね?

イギー・ポップ
俺が何を話しているかお解かりですかね?


______

【punk】
〔形容詞として〕
1.低俗な、くだらない
2.気分がさえない
3.パンク調の

〔名詞として〕
1.くだらない人間、若造、チンピラやくざ、同性愛の相手の少年
2.くだらないこと
3.売春婦
4.パンク調
5.パン
6.(サーカスの)動物の子

〔動詞として〕
自動詞/しりごみする。
他動詞/アナルセックスをする


※ジーニアス英和大辞典より引用
______


英文は数カ所違うというか、聞いているとちょっとあわない気もする。
だから、どなたかもっと良い翻訳をぜひお願いします。
いや、ホントに。


A word association game.


DSCN8974.jpg


ヘンリー・ダーガー が幸せだったかどうかなんて、そんなこと知らないよ。


「頭は正常ですか?」


知り合いのギャラリストからのそんな印象に、ああ、この程度なのかと。
だから、「何をもって正常とするかにもよりますが、まあ描くことでバランスをとっています」と、
笑いながらそう答えた。

「大丈夫。まともに見えますよ」とかなんとか。


この程度の画面じゃあ、狂気の密度には届かない。
それを目指してはいないし、そうするつもりもないのにねと、思い出して可笑しくなった。



そんな感じ。





Pray to rest in peace.


年末だったか年初だったか。
うらわ美術館の展示に出品していたような。

粟津潔 が亡くなったそうです。
ああ、そうか。
あの展示は印刷とグラフィックデザインがおもしろかった頃の話だ。

つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。



そんな感じ。



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