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2010年11月

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G song


Terry Riley
official > http://terryriley.net/

Kronos Quartet
official > http://www.kronosquartet.org/










inforamation / 第1回「ドローイングとは何か」展

先ほど仕事から帰ってきました。今夜もでかけます。
年末ですね。

それで、少し早いのですが、展示のお知らせです。

______________________

第1回「ドローイングとは何か」展
会期 2010年1月24日(月)~1月29日(土)
会場 ギャルリー志門
   〒104-0061 東京都中央区銀座6-13ー7
   新保ビル 3F
   http://g-simon.com/a_topics.html

【企画概要】
ドローイングとは本来、絵の具で面を塗るpeintureとは対照的な画法で単色の線画、線描を意味しますが、日本の現代美術界においては習作や下絵をドローイングと称することがあります。金澤毅氏は、ドローイングを完成された線描画としてそれらと一線を画されなければならないとして「ドローイングとは何か」展開催実行委員会を立ち上げました。本展は、優れたドローイング作品を見出し、国際基準に見合ったドローング展を開催することを目的とします。(ギャラリーの告知より引用)
______________________


自分もあわせ、12人の作家による企画公募展です。たまたまこの展示を知る機会があり応募してみたところ、審査を通過。出品させていただけることになりました。個展ではありませんが、久々の銀座での展示になります。

因果はまわる、というとおかしな表現かもしれませんが、3年前、初めて個展を行おうと、本格的に準備を始めたのは丁度その年の11月くらいでした。期間こそ短いものの、展示の時期も当時と同じくらいです。

あの頃は自分がなにをつくるのか、どんな展示をするのか、自分以外の誰も、なにも知りませんでした。手さぐりの中、思えばなにか追いつめられるようにつくっていました。

今は自分がどんなものをつくるのか、知ってくれている方がいます。
そして、本当に恐縮してしまうのですが、自分の展示を楽しみにしてくれている方々もいます。
自分の作品を信じてくれている方がいる、ということは、今は本当にありがたく思います。

ここ数年、小さなことではありますが、当時の自分では想像もできなかったくらしの中に居ます。
自分自身は、あまり代わり映えというか、さほど成長できていないと思うのですが、それでも少しずつ変化しているのでしょう。
特に今年はさまざまな変化がありました。かけがえのない、とても大切なこともできました。
ありがとうございます。本当に。

今回は久々に、鉛筆で大きめの作品をつくっています。大きな画面は良いです。
それで描いていると、お話ししたように、不思議と初めての展示をよく思い出します。
自分でも少し大袈裟な気がしますが、なんとなく、なにか巡り会わせたような、帰ってきたような。
そんな気分です。

日程的には少しだけきびしいものの、今年のまとめというか、ともかく、今使えるすべてを使おうと思います。
なんというか、あの時のように鉛筆そのものになって、このような自分の作品を気にかけてくれている人びとの気持ちに応えたい、とも思います。そうありたいです。

そんな感じです。
なんだかいつもみなさますみません。
そのような次第ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。




like that :)


Myspaceミュージック で、 K-branding に似ているアーティストをもっと探す


myspace から共有できるようになったようですねえ。
再生ボタンを押すと、新しいウィンドウでプレイヤーが開いてびっくりします笑。

k-branding からお気に入りの曲を貼ってみました。良いねえ。
しばらくは、大体この曲みたいな感じになりそうです。

ではごきげんよう:)




for distribution





ふー、久々だけどやっぱり流通はやっかいですねえ。
肝はともかくどんどん決めてゆくこと。それと集中力と持久力です、やはり。

なによりも必要なのはモチベーション。
いつものことながら、仕上がりの善し悪しに関係なく、出校後の原稿サシカエ・修正率が90%の仕事というのはそうそうお目にかかれないと思うなあ。それが毎週山盛りですしね。
どんどん人が入れ替わるのも仕方ないと思います。
機会があれば一度お試しあれ~:)

久しぶりにジョン・ケージづいています。
4'33"の演奏は初めてみました。汗を拭く場面が好きです(笑。

演奏をしないという演奏。静寂と沈黙は異なるというのは、なんだか面白いです。
意識的に音をだすことを辞めるとき、浮かび上がるその様子は不思議です。
そしてそれは単にオモテに出すのを押しとどめるというだけでなく、同時に、普段は気づくことのできなかったものごとを取り込み、受け入れる姿なのかもしれません。
身の回りにはそうした気づいていない不思議とそこに隠された新鮮な驚きが、他にもたくさんあふれているんでしょうね。

なんて、夢見がちなこと考えている間にもうこんな時間です。
明日は少し描けるかな?

さてさて :)





John Cage - Dream







4'33"







information / 墨外展


なんだかこのところいつも同じことばかり書いていて恐縮なんですが、今年の年末は仕事と制作の両方がいそがしくなりそうだし、やはり自分のことをもう少しきちんとやらないといけないですね。
どうもたまにおせっかいが過ぎることがあるようです。反省しよう。うん。

だからというでもありませんが、手短に展覧会のご案内です。
いえ実際、今回に関しては多くのことばを費やすべきではないように思います。

ご案内が遅くなりましたが、この3日より、来週の23日まで田中墨外氏の展覧会が、銀座二丁目にある若山美術館で開催されています。

青年期に橋本雅邦に師事した墨外氏は、明治から昭和にかけて、当時衰退していた技法である截金を独学で研究し、その復興に尽力されました。
ですが、作品をお金に換えることにより、作品本来の目的が損なわれることを恐れ、生涯その技法の研鑽につとめ、作品を売ることはなかったといいます。
そのため、その卓越した技法にもかかわらず、広く世の中に知られることがなく、現在に至っています。

今回の展示はご遺族の願いから実現したものです。
自分はたまたまご縁があって、墨外氏の作品集づくりをお手伝いする機会をいただきました。
昨年末、実際に初めて作品を拝見させていただいたとき、その繊細さ、細密さに大変おどろき、見入ってしまったのを良く覚えています。

会場である若山美術館は主に戦前戦後の児童雑誌や絵本、漫画など、子ども文化の収蔵・紹介を中心とした小さな美術館です。
しかし、小さなスペースであるにもかかわらず、収蔵品や展示物に関わったとてもたくさんの時間とひとびとの記憶が集積し凝縮されたその場所は、とてもあたたかく、やさしく、そして凛々しい空気と気分をもった場所でもあります。
日常の中にあまりに当たり前に、身近でありすぎるために、見落とされがちで、かえりみられることのすくなくなった雑誌や書籍。そういった、普段光のあてられることのない存在に込められた、人びとの思いと気概に光をあてるためにあるのだと、若山美術館は言います。

今回行われている墨外氏の展覧会も、そうした若山美術館の試みのひとつと思います。
作品はもちろんのこと、とても細やかな心遣いで構成された空間は、墨外氏の書斎で培われた濃密な時間を体感しているような感覚があります。とてもいい展示です。
ぜひ実際に訪ねてあの感覚を体験していただければと思います。

4Fの常設展示では、児童文学の代表的な装幀・挿画家である武井武雄と初山滋のふたりに焦点をあてた、「ふたりの子どもと子どもたち展」も開催中です。
こちらもおすすめですので、ぜひ立ち寄ってみてください。


________________

墨外展

会 場 若山美術館
    東京都中央区銀座2-11-19 国光ビル4F/5F   

会 期 11月3日(水祝)~23日(火祝)
    12時~17時まで(金曜は19時まで)
    上記期間中は月曜休館
入館料 500円

若山美術館
http://www.wakayama-museum.com/

_________________



began to do it





昨日は川越に行って少し遅くなりましてごちそうさまでした。
TheDylan Group はちょっとかっこいい。

それで今朝は仕事をして帰ってから眠りについて夕方。
わはは。

昨日ドウサを引いたパネルを広げるために部屋を整えて。
少しだけ描いてからビールを飲みました。

大きな画面がちょっと楽しい。
楽しさをもう少しスポイルして、ギュウッと身の引き締まった結晶になるといい。

うん、なんというか、イデオロギーや解釈、意味と理由、そして論理や哲学のようなもの。
そういった、言葉をともなう思考のパルスをつむぐのは、学者や評論家や研究者にすべてお任せしてしまいたい。自分自身はすっかり鉛筆の先っぽになってしまって、そうしてあらわれた姿をとらえてゾクゾクするような。
なんか、そういう眼の裏側を羽毛でくすぐられるような。そんな風にしたいです。
なるといいなあ。なんかよう分からんけども笑。

なんてことを思いました。
明日からは何気に忙しいぞ~。
稼がねば~。
お~。


笑。







prepared a white panel

DSCN1538.jpg


年末にかけて、少し予定がまとまりはじめました。
今日はこの後、打ち合わせで川越に行きます。
来週からはポツポツ他のお仕事。

今朝はこの前の日曜日に水張りしたパネルの下地をやって、そのまま乾かしています。
前にちょっと書きましたが、年明けに参加する展示があるので、その準備です。
鉛筆で、少し大きめの画面にします。
さー、できるかな? 笑。

でもまあ、忙しい忙しいといっても、人間、存外時間はつくれるものだからなあ :)
なんとかなっちゃうような気がします。
忙しさを楯にして、本当に大切なことをおろそかにしないように、それだけは気をつけたいです。
そういうのはもうこりごり笑。

なんというか、今年は少し「楽しむ」ことを念頭にやってきて、実際楽しかったんですが、欲張りなんでしょうね。やっぱりつくるとき、「楽しかった」とか「頑張った」だけではちょっと物足りないんですよ :)
別段お金になるとかならないとか、そういうことでなしに、なにかが、ちょっとだけ物足りないんですよね。
なんでしょうね笑。

年明けのグループ展は、少し意外なご縁で決まったこともあり、なんとなく、今年のまとめとなる作品になりそうな、そんなような気がします。
物足りないなにかのことも、つくるうちに分かってくるのかもしれませんね。
ひとふんばりしてみましょう。

おっと、ぼちぼち出かけなくては。
それではまた :)




I'm concerned about ... ahhhhhh :)))





流出したビデオはCNNなど、海外のメディアでも取り上げられているようですね。
マスコミやネット上では、さまざまな憶測が飛び交っているようです。

ことの真意はともかくとして、先日のテロ捜査情報流出事件にしてもそうですが、個人的にはやはり世の中、なかなか厄介なことになり始めたなあと思っています。

一連のものごとが単なる流出なのかリークであるのか。また、リークであれば国か、官僚か、有志か、何かの謀(はかりごと)なのか。そしてそれによって誰が得をするのかしないのか。
正直な感想を言えば、そのあたりの真実は割合どうでも良いし、あまり関心がありません。
ただ単純に、困ったなあと思います。

国や政治家には誰も何も期待していない、ということをたまに聞きます。
むしろ企業や事業家の方が、世の中を変える力をもっている、ということも聞きます。
その通りかもしれません。

では国や政治の役割とは、一体なんなのでしょう?

一時期テレビや映画でも取り上げられて、関心を集めたものごとがあります。
ボリビアの水戦争です。詳しいことは、以下のリンク先に記されていますから、そちらを見ていただければと思います。

THE MAGAZINE
ボリビア水戦争 http://www.thesalon.jp/themagazine/social/post-21.html

日本に住んでいると水道は当たり前のようにそこかしこにあって、当然のものごととして受け止められています。元来、水資源に恵まれた土壌であるということももちろんです。しかし、そんな風に当たり前に水を手に入れることができるのは、恵まれた土壌以外にも理由があります。

思いついて少し調べてみたのですが、例えば生活保護など、経済的に苦しい家庭の場合でも、水道料金の減免を受けることで、水を確保することができるそうす。
例えば仕事や家を失ってホームレスになったとしても、市街地や公園など、水を手に入れようと思えばどこからでも、安全で美味しい飲料水を手に入れることができます。
あまりに当たり前すぎて、失うことを想像もできないくらいです。
その当たり前のことを維持しているのは何かと言えば、国や地方自治体の行政なのです。

もちろん、国でなくとも、企業や実業家がそれを代行することができます。
けれども、それがむずかしいことを、先のリンク先に記されたボリビアの例が明らかにしています。
なぜなら、企業の目的は「公共の福祉」ではなく、つきつめれば「利益を上げること」に他ならないからです。

一方、国や自治体は、生活保護や障害者などに水道料金の特例を定めたり、公園を利用する人びとに無償で水を支給しています。
なぜなら、国や政治の本来の目的が、つきつめれば、国民や市民の生活と生命の安全を維持することを目的としているからです。
なぜなら、国民や市民の生活を守り、国内を安定させることが、結果的に国を守ることに繋がるからです。

それは、基本的に「損得」を行動の基準とする企業や実業家にはできないことです。

例えば法律や仕組みが古くなって、現代の様子にそぐわなくなれば、必要に応じてものごとを変えてゆかなければいけないと思います。けれども、必ずしも変える必要の無いもの、このままでも良いもの、というより、むしろ現在の良いところはそのまま保つ努力をすることも大切なことです。
ところが、「何かを保つ」ということは、思いの他大変なことだと思います。その多くは、損得を考えだしたらとてもやっていられないことばかりのように思います。
誰だって、手間ばかりで得にもならない大変な仕事はやりたくありません。けれども、もしそれでも誰かがやらなくてはならないとき、必ずやらなくてはいけなくとも、誰も担う者が現れないとき、誰がそれを肩代わりしてくれるのでしょう。


例えば自分の今の生活は、まあ正直なところ、どうにか毎月なんとかまわしている感じではありますが、少なくとも毎日の暮らしで生命の危険にさらされることもありませんし、そうした環境のおかげで、恣ではありますが、日々の暮らしの傍ら、自分の作品をつくることもできます。
そんな自分にとっての当たり前のことを、当たり前にできるのは、たまたまこの国に生まれてこの国で生活が出来ているからでしょう。
当たり前の生活が当たり前にできるのは、最低限、「国」が「国」として成立しているからだと思うのです。
国や政治の役割の一端には、そういったことも含まれているように思います。


だから、一連の「流出事件」は本当に困ったなあと思うのです。
なぜって、厳重に管理されて「当たり前」の重要事項が、こんなにもあっさり「流れて」しまうということは、「国」の統制が本当に効かなくなり始めたためだと思えるからです。

そして一連の流れの中で細かなことがらが、少しずつ積み重なりはじめているように感じます。それが明るい方向に流れているうちは良いのですが、いつなんどきに溢れ出して、大きな歪みになりかねないかと、どこか薄ら寒い感じがしているのです。

だから、本当に困ったなあと、存外心から憂慮しているこの頃なのでした。






一方で、今が世の中の変わり目であることには違いが無くて、だからニヤリとはにかむ自分がどこかに居るのも、嘘ではないのですけれどね(笑。













a deed


DSCN5798.jpg


もうすっかり肌寒くなりましたが、ここ数日はお天気でありがたいですね。

明日注文した紙が届くので、今日は下準備。
年末に向けて地味にこちゃこちゃやっております。
この前の休みはいろいろ訪ねて、そのことを書こうかと思っていたら、なんだか色々流れているそうです。なんか、前に乗った船のことを思い出しました。
むしろ流れていないことに注視すべきだと、誰かが言います。
世の中もちょっぴり慌ただしい様子。

かかわれることはあまりに少なくありますが、その空気はなにかしらの波を起こすのかも分かりません。
時代の気分というのはそういうものなのかなあ。
今起こっている色々なことは、存外大事なことかもしれないから、なるべく覚えていたいなあと思います。

おやすみはこれくらいにして、さあぼちぼちがんばろう:)



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