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2011年04月

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move the time for ...


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先週火曜日から土曜日まで、宮城県石巻市での泥かきボランティアに参加しました。
正直なところ、東京の人たちが騒いでいるものごとが、少し見当違いなとても些末なことに思えて、どうでも良いように感じました。
もちろん、大切なこともあります。
けれども、それよりもまず、やらなければならなことがたくさんあると思いました。

この国の中枢や、事業組織、報道機関、そして「民度」というもの。
そうしたことの非を憤り、あげつらって、ましてや、なにか高見に立っているようにあざ笑うこと。
そういうことからはもう本当に離れたいなあ。
そんなことに時間を費やす贅沢を愉しむくらいなら、できることを考えて行動したいと、そう思いました。
本当に。

実際に被災地に立って思ったことは、所詮どれだけ感じ取っても,現地の人からすれば自分は安全な所からやってきた部外者でしかないんだなあということでした。
だから、こうして現地を訪ねて活動したことも、結局は自己満足なのかもしれません。
けれどもなんというか、そんな風に自分にとっても他者から見ても、自己満足に映ったってかまやあしないや、と思いました。うん。
ボランティアでも募金でもチャリティでも、形や呼び方は何だって良いんです。
それを行いたいと感じ、そうすることで、少しでも、あの日止まった時間を動かす助けになるんなら、それでも悪くないかなあと思います。

とてもお世話になった人が、以前こんなことを言いました。
「時代と社会が芸術と芸術家をつくる」と。

私自身、どうあっても、この世界と社会に関わりを持って生きている以上、それと無関係に生きることはできません。それが私のつくるものと、どうしたって無関係でいられる訳もない。
それを直接表現する、しないに関わらず、どうしたって芸術は時代と社会の鏡とならざるをえないというか、きっとそういうものなんだなあと、私もそう思います。
だからもう、あんまし迷いも後ろめたさもありません。
だからそれで良かったのだと思っています。

そしてそのことは、今後私の中からあらわれるものごとに自然と浮かび上がることでしょうから、そのように行いたいと思います。
そんなわけでそうしてゆこうと思う次第なのでありました。


またこのことについて、詳しく書ければ記そうと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


報告会で聞いたこと #2


2011年4月15日
日本財団での学生ボランティアオリエンテーションでのメモから。


現地はだいぶ寒いらしい。そういえば5月の戸隠にはまだ雪が残っていたなあ。

日本財団のボランティア派遣活動。ROADプロジェクト。まずは6月までに述べ2000人を派遣する。
「早く人手が欲しい。急いで欲しい」という現地からの要望により急いで準備している。現地ではそれほどの需要がある。

今まで様々な被災地で活動してきたが今回のような現場ほど大変なことはなかった。未曾有。
現地で活動中の財団の方からの話。

ボランティアの実情の話。
神戸では確認できているだけで130万人以上が活動。感覚としては倍以上いたように思う。」

神戸震災後、社会福祉協議会が中心となって全国各地に災害ボランティアセンターを整備してきた。
この16年でかなり組織的になり充実してきていた。
しかし、今回の震災は被害が大きすぎるため機能していない。そもそもボランティアセンター自体が被害にあい、各地と連携をとるのは非常に困難な状況だった。

現状では地域の人びととの接点をもたない個人ボランティアが、個人で入って行くにはなかなか難しい状況にある。それほど過酷な状況。そうした状況を打開し、ボランティア組織に属さない個人が、現地での組織的な活動に参加できる環境をつくるべく手配してきた。今回はその第一弾。

泥をかきにきたのだから泥かきしかしない、ということはない。
現地の要望にあわせて泥かき以外の作業も行う可能性もある。
分からない時は判断を仰いでもらい、柔軟に対応して欲しい。

ひと月たち、ボランティアセンターも徐々に活動を再開し始めた。現地の要望がまとまってきた。
ようやく大規模な援助を計画できる様になってきた。

今回の現場は被害を受けた地域とそうでない地域がはっきり分かれている。
景色がガラリと変わる。こんな現場ははじめて。

極端な環境のため、活動中は自然とテンションが上がる。必ずテンションが上がります。
その反動で家に戻ってから、自分の住居と被災地とのギャップで、多くの方がストレスや悩みを抱えることがある。
テンションがあがることも、悩みやストレスを感じるのも自然な感情。1人で抱え込まない様に。

現地では急がなくて良い。人は集まりはじめている。焦る必要はない。

被災地は全体でおよそ500キロ。今回は石巻市で活動する。

未成年でも活動はできる。ただし健康管理や安全面などの問題があり保護者の許可が必要。
少しでも早く対応することを最優先し、事務処理の煩雑さを省くために、現段階では未成年をお断りすることもある。ご理解いただきたい。
未成年の学生からの質問に対して。
※この後、未成年でも保護者の承諾が得られれば参加できるよう、条件を変更したと、別の事務局員からのインフォメーションがあった

被災地の概況報告。日本財団は石巻市を中心に活動。他の団体とも連携して活動している。

主な活動は泥かき、壊れた家具などの搬出、浄水プラント運営など。

震災直後、拠点設営のために車を手配し現地へ。
街の道路には津波に流された車などが建物にぶつかって溜まっていた。

道路など、冠水しているところは潮の満ち引きにより冠水箇所が広がり、水深も深くなる。
軽自動車等では立ち往生することもある。トラックくらいの車高がなければ通れないところもある。

現在のところ、少しでも現地の関係者とネットワークがなければ現地での活動はなかなか難しい。
今回現地に拠点を確保できたのもこれまでの活動の蓄積があったからこそ。

汚泥のほとんどは海水や海底のヘドロ。下水道水やそこにあった汚物。魚介類の死骸など。
汚泥はにおいも強く、かなりの重労働だと思っていて欲しい。続けて行うのは2日位が限界だと思う。

石巻市の物資はゆきわたり始めているが、地面に汚泥が残っているため、置き場所が不足している。
少しずつ場所を確保できるようにはなってきている。

かき出した泥は土嚢(どのう)袋に詰めてまとめておく。そうしなければ後で運び出すのが困難になる。

運営している浄水プラントでは飲料にも適した水を作れる処理能力がある。
が、現地の水質検査機関が津波で流されているために、飲料水としての許可がおりない……。

気をつけて欲しいのは、役所が怠慢なのでは決してないということ。現地の市役所の方たちはよくやってくださっている。今回窓口になってくださったボランティアセンターの担当者は目が真っ赤に腫れている。目の前で見ていると、この人は今にも倒れるのではないかと思うほど疲労されている。
最近、ようやく少し睡眠時間をとっていただけるようになったそうだ。

市の職員は皆さん本当によくやっている。がんばっている。けれども人手が足りない。限界に近い。

車で移動していると歩行者や自転車がふらついて、車道に寄ってきてしまうことが良くある。
現地の人たちは心身ともに大変な消耗をしている。体力、気力の充分なこちらの人間とはとてもギャップがある。

ボランティアの作業からくるストレスはとうぜん発生するものだが平静を保つよう、心がけて欲しい。

現地では今でも大きな余震が続いている。
震度6など頻発している。毎朝作業場所に一番近い避難所を支持するので注意してほしい。





報告会で聞いたこと#1


2011年4月8日
地球サミット2012Japan「がんばれ!東北プロジェクト」(仮称)相馬地域での活動報告会
「いま、フクシマで起こっていること」でのメモ書きから。



相馬市。小松島として親しまれている松川浦の、高さ20mほどの半島を、津波は超えてきた…。

2300名が避難。全員家は全壊。
報道では7.5mだが、計測できるのがその高さまでというだけで、15メートルだったのか20メートルだったのか、実際の高さは分からない。

田んぼも作れなければ漁業も出来ない。(仕事を得るために)一番確実なのは東京に出ること。
その内東京などでは、「そういえば相馬という場所があったねえ」と、忘れられるだろう。

出荷停止の影響で県内でも野菜が手にはいらない。

南相馬は圧倒的に放射線量が低い。なのに支援も来ないし風評被害にもあってる。

南相馬は原発の補助金をもらっていない。なんの恩恵も受けていないのに被害だけを受けている。
東京への風当たりは非常に強い。

「今年はいろいろ工夫したからさ、良い出来でしょう? でも今年はもうこれ全部ダメなんだ。」
ドキュメント映像でのイチゴ農家。

「米がつくれるか売れるかどうかわからないけど、ともかく、今年つくってみるよ。売れなくたってつくるよ。それでできた米を測ってどれくらい土壌がやられてるか調べる。」南相馬市の農家

「箱ごと買うって言ってくれるのは嬉しいけど、これは売らない。納得のいかないものは売らないよ。」南相馬市の別の農家。

一時期大分非難してしまったが、お年寄りはたくさん残っている。
ヘルパーもみな避難してしまった。一人暮らしで動けないお年寄りが何も買えない。
物資配布のボランティア活動を支援している。

民間のボランティアをもっと活用すれば良いのに、政府は自分たちだけでなんとかしようとしているように見える。

「個人でボランティアに行くな、というのも一種の風評被害じゃないかな。」現地の農家。

「雨が降ると放射能の影響があるので戻ってください。帽子をかぶったりマスクを二枚重ねなどして身を守ってください。」画面に映し出された物資配達ボランティアのミーティングで。

例えば国道6号線沿いの町。道路から山側は何とか建物が残っているが、海側は全損。
道路を境に、受けた被害があまりにも異なる人々のギャップを、今後どの様に取り持つか。
地元民だけでなく、「余所者」に間に入ってもらう方が良い、という意見もある。

もっと元気を出そうという被災地での音楽イベントの映像。
「こうしたエネルギーも現地にはある。復興の為に必要」とのコメント。
個人的な感想として、すばらしいことだし、意図は分からなくもないけれど、初めの農家の映像と大きなギャップがあるなあ……。街と郊外のギャップなんだろうか。

助かった漁船は津波の報の後、すぐに沖に向かい、迫り来る津波を乗り越えた。
彼らが戻ってきた時には、何も残っていなかった。
今一番辛いことは、せっかく船が残っていても(原発問題のために)漁を出来ないこと。

「水と空気がきれい」と移住してきた人が多くいる。それが汚されてしまった。

「本当は避難もしたいが自分は職員なので避難するわけにはいかない。それに町を捨てられない。国は安全だという。ところが、現地に来た(放射能の)専門家はすぐに逃げろという。気持ちが揺れる時もある。安全だという国の言葉を信じるしかない。」役所の職員。

「放射能は大丈夫ということにしています。大丈夫だと言い聞かせないとやって行けない。」震災後に営業を再開した飲食店の経営者。

「原発が壊れて関東の人には申し訳ないねえ。」避難所の方の言葉。











Maybeshewill : Co-Conspirators


maybeshewill
official > http://maybeshewill.net/
myspace > http://www.myspace.com/maybeshewont





Well... You know, so much of the time we're just lost.
We say, "Please, God, tell us what is right. Tell us what is true."

I mean there is no justice.
The rich win; the poor are powerless.
We become tired of hearing people lie.
And after a time we become dead, a little dead.
We think of ourselves as victims - and we become victims.
We become...
We become weak;
we doubt ourselves;
we doubt our beliefs;
and we doubt the law.

BUT TODAY YOU ARE THE LAW.

Rachel's - Water From the Same Source

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